往復書簡 往 編
三蔵は 宿の部屋に 外から戻ってきて 机の上にある一冊のノートに 目を留めた。
それは あることがきっかけとなって と悟空の間で 行われている
交換日誌のノートだったからだ。
今日は の番らしく 自分とが同室のこの部屋に 悟空が、置いていったらしい。
2人とも 照れているのか このノートを 誰にも見せたことは無かった。
悟空は 字が下手で しかも書くことの その内容は 見なくても分かりそうだから、
見たいとも思わないが問題はが何をこのノートに書いているかということだった。
自分が いない時を見計らっては このノートになにやら書いているを、
気になっている三蔵なのだが 正面きって 見せて欲しいともいえるはずが無く、
と悟空の秘密は続いている。
といえば 八戒と悟空と一緒に 買出しに出掛けたばかりなのだから、
しばらくは 戻ってこないだろう 悟空がに 何かねだるに違いない。
それなら いつもよりは 遅く帰ってくるだろうと思い
三蔵は ノートを手に取ると 表紙を開いた。
『○月×日 雨。
悟空 今日は お天気の中で 一番嫌な 雨です。
八戒の傷の痛みと 重い思い出が 蘇る日でもあり、
三蔵が 光明様を思い出す日でもありますね。
私たちは そんな2人を ただ 見守ることしか出来ません。
2人には 辛い思い出なのでしょう。でも やまない雨は 無いのです。
2人を信じてさえ居れば きっといつかは雨の日も私たちに優しく笑ってくれる日が来ると、
私は そう信じているのよ。悟空も 元気出してね。
悟空の笑顔が 雨の日には 私には お日様のように 感じます。』
は こんなこと書いているのか、八戒と2人 確かに雨の日は 内に篭ることが多いが、
労わられていたとは 気が付かなかったな。
それだけ 俺に 余裕がないということか・・・・・。
しかし 悟空は 随分 いい思いをしているんだな。
こうして に 日誌で話しかけてもらって、楽しそうじゃねぇか。
三蔵は なぜか 面白くなかった。
『○月△日 晴れ。
悟空 今日はようやく三蔵と八戒の許可が出て、
ベッドから降りる事が出来る様になりました。
随分心配させてしまって ごめんなさいね。
日誌も ようやく返事が 書けます。
今度の事件では 皆にすごく迷惑を 掛けてしまいました。
正直言って 妖怪の屋敷で きがついた時は、もう皆に会えないかと思ったんです。
殺されるだろうと 思いました。でも今 こうして 助かってよかったと 心から思います。
悟空のことだもの がんばって 妖怪と戦ってくれたのでしょう。
助けてくれてありがとうね。本当に うれしく思っています。
今度 大きな街に着いて 買い物に出る時には、
悟空の大好きなもの 沢山食べさせてあげるね。
楽しみにしていて下さい。
それから これからも 調査や河仙の所へ行く時は、一緒に行ってください。
よろしくお願いいたします。』
俺には 礼は言っていたが、悟空には 食い物までやってやったのか?
なんだか 割りにあわねぇ様な気がするな。
こうして が1人の時に 何を思っていたのかは、誰も知らないことだったのに
悟空にだけは こうして 日誌の中とはいえ 吐露している。
俺には 言ってくれないし 遠慮しているのだろうか?
そう思うと 悟空がうらやましいと思う 三蔵だった。
それに 自分も から 手紙を貰ってみたいと思う。
以前 悟空が 手紙を欲しいと言った時には、
ただの子供じみた 願いだと 一笑に付した
三蔵だったが、思い返してみると 自分だって 個人的な書簡など貰ったことなど
無いのではないだろうかと思った。
そう思い始めると その思いは だんだんと大きなものになり、他の誰でもない との
事だけに三蔵はいかにして 手紙をやり取りするかについて、考え始めているのであった。
何か いい方法は無いものか・・・・・・と 、悟空のページの 最後の言葉が 目に留まった。
『 返事ありがとう。俺も 書くから 必ず も返事をくれよな。』
これだ!と 三蔵は 思った。
のことだ ただ 手紙を欲しいと言っても 笑ってかわしてしまいそうで、書簡は
もらえないまま 終わってしまうかもしれないが、自分も 手紙を出して 返事を欲しいと
書いてやれば、義理堅いのことだ 必ず 書簡を返してくれることだろう。
しかし 俺が せっかく書簡をしたためるというのに、何も 無しでというのも 変な話だと思う。
そこには 何か理由が要るだろう。口では言えないからこそ 手紙に託すという行為が
大切だと考えた 三蔵は、1人街に出てみた。
目的があるわけではないが 女性に贈るもので 荷物にならないものにしようとすると、
ここはやはり 装身具がいいだろうと思った 三蔵は、貴金属店へと 入っていった。
は 神女であり 皇女なのだから ある程度のものは 既に身に付けている。
先日は 無理に ピアスをつけさせてしまった(六韜三略 参照)ことでもあるし、
負担にならないものが良いだろうと 物色していると、金の腕輪が目に入った。
18金で出来ているようで 幅は1cmくらい 手首に沿うように 楕円形をしている。
その表面には 細かく模様が彫ってあり 光にきらめいて 美しい。
もし 他に腕輪を持っていたとしても 着けているところは 見た覚えが無い。
これならばいいだろうと 三蔵は それを購入し 持ち帰った。
宿に帰ってみると たちは まだ帰っていなかった。
いつもなら 怒るところだろうが、今日は 救われた思いの三蔵である。
とりあえず 自分の荷物の中に 買ってきた腕輪を 片付ける。
そうして 三蔵は 椅子に座ると 煙草に火を点け 燻らしながら、
への 書簡の文面を 考え始めた。
そうだな 挨拶は 省いてもいいだろう、それから ご機嫌伺いとか 近況報告もいらないな
どうしているかとも 聞かずとも知っていることだし、待てよ じゃあ何を 書けばいいのか
わからねぇじゃねぇか!
書くことねぇのも 困ったもんだな、悟空とは いつも一緒にいて よく書くことがあるもんだ。
三蔵は おかしなことで 2人に 感心してしまうのだった。
しょうがねぇな 俺らしく 単刀直入に 行くか・・・・。
宿の備え付けの 紙に自分の写経用の筆と硯を 取り出すと、三蔵は 短いが
言いたい事は十分に 伝わるであろうと思われる 文章をしたためた。
差出人の名前を書くときに ふと筆が止まった。
待てよ この場合は 玄奘 三蔵と書くべきなのか?
普段 は 俺の事を 三蔵と呼んではいるが、三蔵は 号だ。
法名が 玄奘なのだから 本当は そちらで呼ぶのが 正しいのだろうな。
しかし ここは 三蔵と書いておこう。
三蔵は 手紙を書き終えた。後は 何時渡すかだな。の手に渡るのは 一人の時でないと
他の3人が 煩いだろうし、出来たら 自分もその場にいない方が良いと 思う三蔵だった。
三蔵は 今書き終わったばかりの 書簡を 読み返してみた。
『 殿
突然のことと 驚かれると思うが、小生 思う所あって 筆を取った次第です。
同送いたした小物は 貴女へと用意いたしたもの 御身を飾る栄誉に浴せば
幸いに存じます。
礼は 書簡にて お返し願いたく 存じます。 三蔵 』
悟空に比べると 硬い文だが 考えてみると、報告書以外は 書いたことねぇな。
ま しょうがねぇか、これでいいだろう。
三蔵はそう思い 実行できる時を 待つことにした。
にとって それは ある日 突然に 届いた書簡だった。
その日は 八戒が 翌日からの野宿に向けて 1週間分の買出しに出掛けるのに、
悟浄と悟空を共に連れ出し、三蔵は 近くの寺院に 頼まれて 説法に出掛けていた。
宿に を名指しで 子供が尋ねてきて、書簡と小箱を 頼まれたのだと言って
置いていったのだった。
宛名の文字を見て は 不思議に思った。
紛れも無いそれは 三蔵の文字、封を切って 中の文を読んだ の顔には、
笑顔がのぼったのは 言うまでも無い。
「三蔵らしい、付け文ね。」そう言って 行間の三蔵の想いを 受け取った。
小箱の中身を 自分の細い左の手首に 着けると、その可憐な美しさに 目を細める。
「返事はこちらも文でしなければならないのだから、口でお礼は言わない方がいいのよね。」
は 美しいその腕輪を見て 微笑むと、お礼の返信を 書き始めた。
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